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最高裁判所第二小法廷 昭和38年(オ)204号 判決 1964年5月29日

上告人

中野三四郎

右訴訟代理人弁護士

赤鹿勇

竹内知行

門脇正彦

被上告人

前田忠義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人赤鹿勇、同竹内知行、同門脇正彦の上告理由第一点について。

原判決の所論認定はその挙示する証拠関係からこれを肯認し得るところである。所論は、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採るを得ない。

同第二点について。

原判決によれば、本件物件は中尾政雄が上告人(控訴人)より金一〇万円の支払を受けて、同人に、右物件を譲渡し、じらいこれを同人より賃借使用していたものであるところ、丸一栄吉は昭和三二年五月三一日の競売期日において右物件を競落し、同日その競落代金を執行吏に支払いそれと引換に右差押物件の引渡を受け、これによつて債務者中尾政雄の占有を承継取得したことがうかがえるから、丸一栄吉は平穏且つ公然にして善意で右物件の占有を開始したものと推認するを相当とし、而して前示競売期日に執行吏が丸一栄吉を含む競落人等より支払われた競落代金を点検中で、未だその代金の完全な領収は終らず、従つて競落物件がまだ競落人に引渡されてしまわないうちに上告人が競売の場所に来会し、右執行吏に対し競売物件に自己が所有権を有していることを理由に右競売手続の中止方を申出で、その際丸一栄吉もその場に居合せて右申出の事実を了知していたことが認められるけれども、右のように強制競売においてすでに代金を執行吏に交付し、その集計点検中というきわどい段階になつて、突如として競売物件につき所有権を主張する者が現われたが、執行吏がそれを取上げず、そのまま代金の授受を終り、競落物件の引渡がなされたような場合には、たとえ競落人が右申出の事実を知つていても、それが第三者の所有であるということを知つていたと即断することはできず、競落人丸一栄吉の右申出了知の事実は必らずしも前記善意取得の推定を覆えすに足らないこと、そして動産の強制競売における競落人は、動産が占有者である債務者の所有に属し、執行吏にこれを競売する権限があると信ずるのが普通の事例であるから、たとえ右動産が第三者の所有に属するとしても、競落人には、第三者の所有であることを疑うに足る特段の事情のない限り、右動産の所有権者を確認するための調査をする義務がないものと解するのを相当とし、従つて、競落人が右調査をしないで右動産を債務者の所有に属すると信じたとしても、かく信じたことにつき過失があつたものとなし得ず、前示上告人の申出は本件の如き事情の下においては、まだ右にいう特段の事情とするに足らないから、丸一栄吉が本件物件の所有権が上告人に属することを知らなかつたことにつき過失がなかつたものと認めるのが相当であり、従つて、丸一栄吉は民法一九二条により本件物件の所有権を取得したものであつて、同人から右物件を買受けた被上告人は適法に右物件の所有権を承継取得したものであることを判示しているのであつて、原審の右判示は正当として当裁判所もこれを肯認し得るところである。原判決に所論の違法は存せず、所論は、ひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定並びにこれに基づく正当な判断を非難するに帰し、採るを得ない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官奥野健一 裁判官山田作之助 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人赤鹿勇、同竹内知行、同門脇正彦の上告理由

第一点 <省略>

第二点 原判決には民法第一九二条の解釈適用を誤つた違法があり、この違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、原判決は上告人が訴外岡本執行吏に対し異議の申出をした事実を訴外丸一栄一が本件物件の所有権取得前に了知していたにも拘らず、訴外丸一栄一は善意の取得者であり、かつ善意につき過失がなかつたとしている。

第一点に述べたように、異議申出の時点を経験則に照らして代金授受前とすれば勿論のこと、仮りに、原判決の認定通りとしても、この事実を知つて本件物件を取得した被上告人を善意、無過失の取得者とすることは、民法第一九二条の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

即時取得の制度は取引の安全を計るものであるが、その取得者の保護(動的安全)と真の所有者の保護(静的安全)との調和点を、民法一九二条は平穏、公然と、善意ならびに無過失というところに求めている。

然して本件においては、本件物件の真の所有者である上告人は、訴外丸一栄一が即時取得によつて所有権を取得してしまえば、その所有権を失うという、いわば有か無かの瀬戸際にあるものであるのに対し、訴外丸一栄一は取引の安全という要請のみから、元来取得しえない所有権を、原始的に取得するものである。かかる場合においては、いたずらに取引の安全を強調することなく、真の所有者の保護との調和を求め、即時取得の要件が無疵の場合始めて即時取得が成立すると解すべきである。

そうとすれば、本件において上告人の訴外岡本執行吏に対する異議が、訴外丸一栄一の所有権取得後であればともかくその前になされ、しかもその事実を被上告人が了知しているにかかわらず、訴外丸一栄一が善意かつ無過失であるとすることは到底許されないものといわなければならない。

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